なぜ文豪と温泉には深い関係があるのでしょうか。
名作の舞台となった温泉も少なくありません。
静かで集中できる環境にあり、疲れたら温泉でリフレッシュできる温泉地は、執筆活動に最適なのかもしれませんね。
また温泉には、居住地とは違う気候の温泉地へ行くことで心身に適度な刺激が与えられ、気候順化機能で心や身体の状態が整う「転地効果」もあると言われています。
TAOYA木曽路の近くの文豪の足跡をご紹介します。
ぜひゆかりの地をめぐり、文豪の気持ちに思いをはせてみてはいかがでしょうか。
島崎藤村について
明治から昭和にかけて活躍した文豪です。
1897年発表の詩集「若菜集」に載せられた淡い恋心をうたう「初恋」は、恋に落ちていく描写を見事に表現し、日本の近代詩がスタートしたといわれるほど若者に絶大な人気となりました。
藤村はその後、大きな社会問題を描いた「破戒」や、長編小説「夜明け前」など、実体験を題材にしてありのままに描く自然主義文学の小説を多く残しています。
島崎藤村と馬籠
島崎藤村は1872(明治5)年に現在の岐阜県中津川市馬籠に生まれました。
学問のために9歳で上京し、明治学院に入学後、同窓だった馬場孤蝶らとの交流から文学に目覚めます。
詩集「若菜集」で一躍有名になった藤村は「破戒」で小説家に転身。
自身の恋愛を基にした青春小説「春」や禁断の恋を赤裸々に綴った「新生(しんせい)」を発表します。晩年には父をモデルに明治維新前後の歴史を描いた「夜明け前」で、幕末の動乱期を見事に表現しました。
藤村記念館
ホテルから車で約20分
ホテルから車で約20分
ふるさとの馬籠にある藤村記念館では、島崎藤村の作品と生涯をたどることができます。
処女詩集の「若菜集」から絶筆となった「東方の門」まで常設し、約6千点のコレクションを所蔵。
生家は明治28年の大火で焼失してしまいましたが、昭和22年に地元住民によって記念堂が建てられ、令和2年には木曽路の構成文化財として「島崎藤村宅跡」が日本遺産に登録されました。
日本文学史に偉業を残し、人間としてまっすぐに生きた島崎藤村の姿が凝縮されています。
文学・文豪ゆかりの地をめぐるときの楽しみ方をいくつかご紹介します。
以下から気になる楽しみ方を探してみてください。
以下から気になる楽しみ方を探してみてください。
● 文豪のプロフィールを事前に知っておく
● 温泉にゆかりのある小説を持参して旅館で読書
● 小説に出てくる場所の聖地めぐり
文豪が人生でどのような時期にその温泉地を訪れていたのかは、プロフィールを知ることで理解できます。旅館で温泉にゆかりのある小説を読むと、温泉地の風景が描写されていて、見に行きたいと思えばすぐに出かけて見に行くのも簡単です。
小説に出てくる場所を聖地として巡ると、小説の世界をよりリアルに感じられますよ。